日々ごにょごにょ

なんもない日は穏やかに、なんかあった時は大袈裟に語ってしまう日記。

ありがとう、お母さん

前日来た叔母が帰宅するのを見送り、帰宅後も家族で、ベッドで眠る母の傍で父と兄と3人で過ごした。

 

夕方にヘルパーさんに母の介助をしていただき、遅めの夕飯を取り始めた時

 

ふと父が母に話しかけた。

 

「母さん、聞こえる?」

 

それから

 

「母さん、息をして」

 

異変に気づき手首の脈を探した。

 

立ち上がって見守る兄にそっと首を横に振り、主治医に電話をした。

 

「先生、来てくれますか」

 

当然のことながら医師からは「どうしました?」と尋ねられた。

 

「呼吸が、止まりました」

 

やっとそれだけ伝えると

 

「すぐ行きます」と、言われた。

 

 

父が母に話しかけたのが20:20頃

私が主治医に電話したのは20:23だった。

 

私が電話をしている間父は母にいつものように話しかけ続けていたが

 

私が電話を切り戻ると話しかけるのを諦めた。

 

 

母は

私たち家族の談笑を聞きながら、静かに息を引き取った。

 

 

父は訪問看護師にも電話をして、医師が来るまでの間、食べていたものを全てキッチンに片して部屋をあけた。

 

父がうずくまって嗚咽する。

 

「もっと何かできたんじゃないか」

 

私は父の手を取りそれを即座に否定した。

兄にも、後悔なんてしなくていいと、泣きながら話した。

 

父は「ありがとう」と言って無理やり涙を拭う。

 

キッチンで少しずつ、食べかけていたものを食べていたら、医師が来てくれた。

 

医師は母に優しく話しかけながら、脈拍、心拍、瞳孔を確認し

 

「20:56、死亡を確認しました。ご臨終です」

 

と言って、母に手を合わせた。

 

同じように手を合わせ泣く私に、兄がそっと触れてくれた。

 

 

看護師が来てくれた時には私は、思わず

「私はいいんです、父が、父が…」と伝えてまた涙を流した。

 

看護師さんは私にそっと触れて、優しい言葉をかけてくれた。

 

 

湯灌とエンジェルケア

私たちはエンジェルケアを選んだ。

 

私は全てに立ち会いお手伝いをした。

 

看護師は洗髪をし、蒸しタオルで全身を拭き、オムツを取って陰部を洗浄し、新しいオムツをあてがい、私が慌てて探した服を着せてくれた。

 

看護師の手際は良かったけど、終始あたたかいケアをしてもらえた。

 

そして

私の化粧品を使い、パウダーをして眉を整えて色つきのリップグロスをぬってあげた。

 

 

医師と看護師はそれぞれ、後でまた挨拶に伺いますと言い残し、家を後にした。

 

 

父が斎場電話をした。

 

斎場の人が初期の手続きを済ませて帰宅した後、兄はもう疲れ果てていたので先に眠ることにしたので、父とふたりでお通夜をすることにした。

 

今までと同じように、父は焼酎のお湯割りを飲み、一緒にごはんを食べた。テレビを見て、いつものように過ごした。

 

 

母の通夜は16日、告別式は17日

詳細は明日決める。

 

 

最期まであたたかく見守ってくれて、ありがとう。

 

お母さんの娘でよかった。